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視界がどんどん暗くなっていく。
手はまるで接着剤で固められてしまったかのようで、時折ピクピクと軽く痙攣していた。
首元でだくだくと、汗じゃない、別の液体が流れるのを感じながら、男はそっと目を閉じた。
***
槌上はアパートの大家として生計を立てている。
死んだ両親から引き継いだものだ。
彼の名誉のために言っておくと、それまでは(実家暮らしとは言え)無駄に親のすねをかじることなく一般的な企業には勤めていたし、本人なりには一応普通の生活を送っていたつもりだった。
ところが長いこと病気だった父が死に、あとを追うように母も亡くなった。
独身で実家暮らしをしていた槌上にとって、立て続けに両親に死なれてしまったことは本人の想像以上にダメージがあった。
まず、一人が怖い。
四十年とちょっと、転勤もなくずっと肉親と暮らしてきたため槌上は孤独に耐えられなかった。
いつも聞こえてきた母親の声、父親のせき込む音、つまらない国営放送の音、それが一度になくなってしまったのだ。
誰もいない家にいられなくなり、槌上は仕事に没頭した。
慣れない仕事も引き受けては残業をして、終電で帰宅しては食事もとらず倒れこむように就寝する。その繰り返し。
そうこうしているうちに心が壊れた。
仕事をしていないと落ち着かない、休日も家にいられない。
槌上の心はバラバラになって、自分を見失った。
そんなある日、家から出たところで太陽の眩しさに目がくらんだ。
目の前が真っ暗になったと思ったら、次の瞬間病室にいた。
「槌上さん、仕事を辞めましょう」
医者に言われた言葉はまるで死刑宣告のように感じた。
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