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「骨折は、キレイに折れたんで一ヶ月ほどで治るらしいんですけどね? 靭帯も伸びてしまったらしくて、そっちが完治に三ヶ月はかかるらしいんです」
「それは……大変だったんですね。……で、記憶が飛んでるっていうのは?」
「どうも、幼少期の記憶はあるらしいんですけど、中学とか高校とか、大学? そこらへんの記憶がごっそり抜けてるって……」
「え? 記憶喪失ってことですか?」
「でも、会社勤めをしてる事は覚えてるんです。仕事の内容も。会社の人の名前も。お見舞いにきてくださった課長さんとは普通に会話してましたし……」
「ああ。それは良かったですね」
仕事の内容を覚えているのなら怪我が治ったあとに就職活動をしなくて済む。それだけでも有難いのではないだろうか。聖志は自分に置き換えて考えてみた。今の自分から仕事に対する知識が消失してしまったら、会社にとってただのお荷物になってしまうだろう。
「でも、顔見るたびにしみじみと言われるんです。母ちゃん年くったね。って」
「ああ……お若い頃はもっとお綺麗だったんですね」
聖志がフォローのつもりで言うと、圭介の母親は気を取り直したのか少し微笑んだ。
「あの子、まだギブスなのに、実家に戻らないって言うし。でも、私も毎日世話しにアパートまで行けないし……。お見舞いも来なくていい。って言われるし」
「医者はなんと言ってるんですか? その記憶に関しては」
「脳に異常は発見されなかった。だから治療もできないって。戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。日常生活に支障のない記憶障害だから、あんまり気にしないで過ごしましょう。とか……脳の事だから分からないそうです。気にするなと言われてもねぇ。きっとあの子は落ち込んでると思います」
「そう……ですよね」
診察室のドアが開き、二人で一斉に顔をそちらへ向ける。看護師がドアを閉まらないよう押さえると、松葉杖の圭介が姿を現した。
不安そうな顔で通路をキョロキョロと見ている。
「ちょっと待ってて下さいね」
圭介の母親はお辞儀をして立ち上がり圭介へ近づくと、耳元でコソコソと話し掛けた。
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