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「うん! じゃぁ、お願いしていい?」
「ああ」
病室まで戻り、圭介の母親は何度も聖志へ頭を下げて帰って行った。音もなく閉まる扉。その扉を見つめたまま、圭介は静かにポツポツと話しだした。
「うちね。自営業なんだ。仕事もやってて忙しいんだけど、先週……九月五日だったかな? 姉ちゃんが出産したの。双子ちゃん。上にもね、二歳のお兄ちゃんがいるし。今、日比野家はスッゲー大変なんだ。なのに、毎日のように俺のとこにも顔出してくれてんだよね。これ以上、迷惑も心配もかけられないよ」
話しながらどんどん俯いてしまう圭介。聖志はすっかり俯いてしまった頭に手を伸ばし、ポンポンと軽く叩いた。
「家族じゃん。誰も迷惑なんて思ってないと思うよ? 困った時くらい頼っていいんだよ」
圭介は聖志の馴れ馴れしい仕草になんの反応も示さなかった。ただポンポンされるがまま、グラグラと頭を揺らし俯く。それから「うん」と言って少し顔を上げ、そっと微笑んだ。
「聖君に出会えて良かった。覚えてない俺が、こんなこと言うのもなんだけどさ」
「うん。俺もそう思ってるよ。ところで携帯持ってる?」
「ぉ、おう」
枕元にあった携帯を出す圭介。
「アドレス交換しておこう。明後日の退院、何時に迎えがいいか後でメールしてよ」
「うん。了解。じゃぁ……はい」
無事に赤外線通信を終え、互いにアドレスを登録する。
「よし! 完了。……じゃあ、そろそろ会社に戻ろうかな」
「うん、ありがとね」
小さく手を上げた圭介は、その存在も小さく儚げに見えた。まるで一人取り残されるみたいな表情を一瞬浮かべる。
「圭介」
「またね」
「うん……じゃ」
病室を後にして聖志は会社への道を急いだ。
車を走らせながら、聖志の頭の中ではいろんな思いが渦巻いていた。
この出会いは奇跡かもしれない。
込み上げる想いのまま、聖志はハンドルをギュッと握った。
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