第三話 至福

4/6

792人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
 圭介の部屋に記憶の『鍵』になるような物、例えば高校の卒業アルバムや、聖志が用意したようなアルバム、ビデオデータの類は一切無かった。  大学を卒業してから丸二年経ってるし、大学の時も一人暮らしをしてたのなら尚更、そういう品は実家に置きっ放しになってるだろう。彼女との写真や、どこかへ遊びに行った記念の品なども無かった。もし本人が忘れていたとしても、さすがに一ヶ月連絡を取らなくても平気な女性は居ない。ってことは、圭介に現在、付き合っている女性は居ないということだ。  聖志は圭介へ笑顔を作ったまま考えた。  圭介が退院の手続きをしている間、鞄に入っていた携帯もチェックした。この一ヶ月、圭介が会話をしたのは会社と実家のみ。あいつの名前は無かった。しかしアドレスをチェックしたら名前の登録はしてあった。今のうちに削除してしまおうかと思ったが、怪しまれては元も子もない。それに、あいつの実家に探りを入れたが、現在あいつは海外に住んでいるらしい。それならば邪魔される心配も無い。  そう判断した聖志は、アドレスデータには一切触れず携帯を鞄へ滑り落とした。  掃除をしながらチェックした結果にも聖志は満足していた。  これほどスムーズに事が運ぶとは思って無かった。ちょっと怖いくらいだ。そう思いつつ、緩む頬を止められない。 「そうだ。圭介、久しぶりにビール飲む? 入院中は飲んでないよね?」 「お! いいねぇー。あんの?」 「うん。ハンバーグの材料と一緒に、ちゃっかり買ってきましたとも!」 「流石、聖君」  圭介は嬉しそうに言うと、聖志へ拳を突き出した。聖志はギクリとしながら何食わぬ顔で、拳を突き出し、圭介の拳に軽くコツンと当てた。やはり気が緩むのは危険だ。ボロが出ないように気を引き締めないと。聖志は台所へ歩きながら己を戒める。冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、圭介へ渡した。 「乾杯?」 「乾杯!」  ニッコリ微笑み、聖志の持つ缶にコツンと缶をぶつけ、ゴクゴクと勢いよくビールを傾ける圭介。 「あー、うまい! ハンバーグにビール。至福至福」 「うんうん。美味いね」  久しぶりのアルコールに目を細める圭介の表情はとても可愛いらしい。聖志はそう思いながらビールをゴクンと飲んだ。圭介とこんな時間を持てるなんて俺の方が至福だよ。心の中で返事をすると、圭介が「あ!」と何かを思い出したような声を上げた。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

792人が本棚に入れています
本棚に追加