第三話 至福

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 風呂を洗い、湯を張り、腰にタオルを巻いた圭介の足に市のゴミ袋を装着し、風呂へ入る手伝いをした。色々目のやり場に困ったが、聖志には楽しい手伝いだった。交代で風呂へ入り、圭介の希望で同じベッドへ入ることも、聖志はすんなり許可された。  全て……夢みたいだった。  枕を並べ、聖志の話に耳を傾ける圭介。クスクスと笑う声や、ときおり肩に触れる体温に興奮して、聖志の眠気は吹っ飛んでしまう。思い出話は尽きなかった。 「うんうん! それで?」  嬉しそうに相槌を打つ圭介。仰向けになっている聖志の方へ、顔も身体を向けて、疲れているだろうに「もっと聞かせてくれ」とせがむ。  まるで俺に夢中みたいに見えるよ? でもそれはある意味当然なのかもしれない。失われた記憶。そこだけポッカリと空いた穴。いくら会社の上司を覚えていて、仕事がスムーズに出来たところで『喪失感』は拭い切れないだろう。過去の記憶とは、自分を作ってきたルーツみたいな物だもんね。今の圭介にとって、無くした記憶を埋めてくれる存在は、俺だけなんだ。  その特別感に、聖志の胸は喜びに震え、全身が粟立つのを覚えた。  気がついたら圭介は静かになっていた。穏やかな寝息が聴こえる。聖志はゆっくり身体を動かし、圭介の方へ横向きになる。  圭介は微笑んでいるような幸福に満ちた表情をしていた。  ふふ……本当に可愛い。  スヤスヤと眠りについた圭介。  聖志は額にかかるサラサラとした前髪を掬い、その髪へそっとキスを落とした。
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