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退院して一ヶ月が経った。圭介は依然自宅療養中だ。
幸い仕事自体はパソコンと電話。つまりネット環境さえ整っていれば自宅でも出来る仕事。だから完治する三ヶ月くらいは無理に出社する必要はないと、上司から許可をもらっていた。
自分の仕事だけきっちりこなして提出すれば、後はどんな風に時間を使おうが自由な環境。元々インドアな性分の圭介は素直に喜んだ。
そして、そんな圭介の在宅勤務を支えているのは、ほかならぬ水沢聖志だった。
食事の買い出しや夕食作り、風呂の手伝いまで聖志は買って出る。ほぼ毎日のように圭介の元へ顔を見せに現れた。
入院していた病院でバッタリ再会した旧友は、六年ぶりだというのに、本当に良くしてくれる。と圭介は感謝していた。高校時代の仲のいい友達だとしても、ここまで尽くしてくれる人はそうはいない。圭介は聖志を本当にいい人だと思った。そして、ハッキリとした理由はわからなかったが家族にも気を遣う圭介自身も、聖志には素直に甘えることを何故か自分に許していた。
聖志から毎日のように、自分の事や聖志の事、そして二人のたくさんの思い出を教えて貰ったが、圭介の記憶は相変わらず一つも戻っていない。
しかし、二人の絆は出会って一ヶ月と思えない程に結ばれ、聖志は圭介の中でとても温かく心地いい「光」のような存在になっていた。
『ピンポーン』
『ガチャッ』
『バタン』
この音を聞くと圭介はホッとした。
インドア派で、読書や映画鑑賞、オンラインゲームや音楽等、多彩な趣味を持つ圭介にとって、一人の時間は寂しいものではなかった。しかし実質、現在マンションから一歩も出ることのない圭介が、唯一接することの出来る存在でもある聖志。
誰かをこんなにも待ちわびることが今まであったのかな。圭介は想像してみた。でもきっと無かったんじゃないかなと思えた。
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