第四話 チャンス

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 思わぬ再会に聖志は高揚していた。圭介と「あさって退院する日に迎えに行く」と約束を取り付け、入院先の病院から会社へ戻ると直ぐに退社の準備を始めた。 「お疲れ様。水沢さん今日は早いんですね」  隣の席に座る同僚が呑気に話しかけてきたが手を止めている暇はない。 「まあね」  パソコンを立ち上げキーボードを叩く。 「あ、もしかしてデートですか?」  同僚の声にはからかう響きがあった。今まで何度かプライベートの話を振ってみたが聖志はいつも当たり障りのない返事しかしない。社内には水沢狙いだと噂される女性も沢山いたが、表面上、聖志に女の影は見えない。誰かと隠れて付き合っているのではないかと憶測が飛び交うくらいには、聖志は己の知らぬところで女性たちの興味を集めていた。しかも営業の成績も良いとなると男性のやっかみも買う。聖志の言動は常に冷やかしの対象となった。しかし聖志はそういった冷やかしに一切動じない。同僚にしてみれば腹立たしい存在でもあった。  デートですか? とわざわざ大きな声で話しかけてくる同僚に聖志はキーを叩く指を止め、困ったように眉を寄せた。 「デートじゃないんだけど。付き合っている子が入院しちゃったんだ」  聖志の言葉に、椅子にもたれうすら笑いを浮かべていた同僚の表情が引き締まった。慌てて姿勢を正し、椅子ごと聖志へ身を寄せる。 「え? 大変じゃないすか。早く帰ってあげてください。なにか手伝うことありますか?」 「大丈夫。もう終わったから帰るよ。ありがとう」   聖志が微かに微笑み礼を言うと同僚の胸はドキッと鳴った。  ムカつく存在だと思っていたことまで一瞬忘れ「あ、う、うん」と口ごもっていると、聖志は席を立ち、早歩きで事務所から出て行った。本当に顔の整った人間が間近で微笑むとこれだけ破壊力があるのかと敗北感に打ちのめされながら同僚は聖志が出て行ったドアを見つめた。
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