第四話 チャンス

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 聖志がこれだけ慌てて退社するのは初めてだった。  退社し、その足で実家へ車を飛ばす。実家へ顔を出すのは久しぶりだった。正月以来だろうか……。と聖志は考えた。母親は半年ぶりに突然帰ってきた聖志を見て仰天していた。 「帰ってくるなら言ってよ! 御飯作ってあげるのに!」 「ごめん! ちょっと急用でさ! 直ぐに帰るから!」 「え? ちょ、ちょっと! あんた何しにきたの?」  聖志は二階へ上がり、かつて『自分の部屋』だった場所を勢いよく開けた。家族の荷物置き場にはなっているけど、部屋の奥の方が原型を留めている事にホッとする。大股でダンボールをまたぎ、勉強机に辿り着くと机の一番下の引き出しが開かないことを確認した。ポケットから取り出したのは車のキー。キーホルダーと共についている小さな鍵を持ち、それを引き出しの鍵穴に差し込んだ。右へ回すとカチッと鍵が解除される。 「あった」  聖志は満足そうに笑みを零し、部屋の中を見回した。壁に立てかけるように折り畳まれたダンボールがある。それを開き、箱を作り、引き出しの中身を全部入れた。ダンボール箱をガムテープで塞ぎ、また引き出しの鍵を掛けて一階へ降りる。  玄関先の廊下に母親が呆れた表情で立っていた。 「もう帰るの?」 「うん。ごめんね? また顔出すよ」 「もーーー。今度はちゃんと連絡頂戴よ!」 「はいはい。じゃね!」  あんまり仏頂面していると説教に発展する恐れがある。聖志はなるべくにこやかに微笑んで家を出た。  車の後部座席にダンボールを積み、見送りに出てきた母親へ「またね」と手を振ると、自分の住むマンションへ車を走らせた。
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