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聖志の焦った声が聞こえた。
「泣いてるの?」
背中を撫でる大きな手はとてもあたたかい。
いつも頭をポンポンと優しく叩いてくれた手だ。背中から移動した手は圭介の頭を撫で、聖志の胸へと押し付け、そのままギュウッとキツく圭介の身体を抱きしめた。
「ごめん……研修でドイツに行ってた。連絡しないで、ごめんね?」
「ド……イツ?」
思いもしない単語に圭介は呆気にとられた。
バカみたいな顔を聖志に晒し見上げる。
「新薬の研究発表だったんだ。だから参加者も物凄く厳重に持ち物チェックが入って、個人の携帯も持って行けなかったんだ。本当にごめんね?」
「そ……なんだ……」
聖志はどこか痛そうに表情を歪め、既にぐちゃぐちゃに濡れた圭介の頬を拭う。親指が圭介の唇にそっと触れた。
「痛っ」
血が出たのを気づいた時から、痛みなど何も感じていなかったのに、聖志が触れた途端、唇の傷はチクリと圭介へ刺激を与えた。
「血……なんで、こんなしちゃったの? 自分で?」
「あ、大丈夫」
圭介は今まで聖志へ向けていた全ての感情を思い出すと、一気に照れくささが込み上げた。顔から湯気が出てしまうんじゃないかと思う程の熱を感じ、慌てて俯く。
「大丈夫じゃないよ……」
聖志がとても心配しているのが伝わってくる。
圭介はいたたまれない気持ちになった。
一人で不安になり、慌てて狂ったような心理状態になっていた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたかった。
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