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オリーブが沈んだマティーニ。
付き合い始めのとき、貴文が教えてくれたもの。
初めてのバーで何を頼めばいいかわからない私に、これなら間違いないと勧められた。
それ以来、私はカクテルと言えば必ずマティーニ。
バーのカウンターに緊張しなくなるくらいまで慣れても、マティーニを頼むのは変わらなかった。
私にとっては彼の教えてくれたこの味が絶対で、全てだったのだ。
「…っ…」
突然、堰(せき)を切ったように涙が溢れ出した。
ポタポタとカウンターにみっともなく雫を落とす。
「…っ、う、……くっ……」
他に客もいる店内。
わかってはいても涙は止まらなかった。
マティーニだけじゃない。
胸の辺りまで伸ばした髪も、小振りなパールのアクセサリーも、ピンクベージュのシンプルなネイルも。
全て貴文の好み、貴文の気に入るように選んだものだ。
この2年間、私は彼の色に自ら進んで染まり、彼の導く世界を見ていた。
大袈裟でなく私の全てだった。
そしてそれは、彼との未来が揺るぎないと心から信じていたからだった。
こんなにも簡単に壊されてしまうとも知らずに。
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