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あれから何年経ったのか。
私には昨日の事すら思い出せず、空に浮かぶ雲の数だけ数えていた。
世間的に言えば、私は保護されたらしい。
あの日、道で会ったおばちゃんの娘さんが、町外れにいた私を見つけ出し、警察に連れていってくれた。
その頃には、もう自分の名前はおろか、見てわかるはずの性別もあやふやで、鏡を見ても写っているのが自分だとわからない程だった。
特別な施設で生活し、食事を与えられても空腹感はなく、体を動かしても解放感がない。
そうそう、私の身内だという人が先日訪ねてきた。
姉だと言ったが、知らない人だった。
会社の人間だという人も来たが、もちろん知らない人だった。
ねぇねぇ、鏡に写るこの顔は、だぁれ?
みんな私だと言うけど、そうかしら。
……知らない人よね。
「大事なものをなくしたのねぇ……」
あの時聞いた言葉を、呟いてみる。
……誰が言ったんだったかしら。
*end*
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