これだけは、なくしちゃいけない。

11/11
前へ
/11ページ
次へ
あれから何年経ったのか。 私には昨日の事すら思い出せず、空に浮かぶ雲の数だけ数えていた。 世間的に言えば、私は保護されたらしい。 あの日、道で会ったおばちゃんの娘さんが、町外れにいた私を見つけ出し、警察に連れていってくれた。 その頃には、もう自分の名前はおろか、見てわかるはずの性別もあやふやで、鏡を見ても写っているのが自分だとわからない程だった。 特別な施設で生活し、食事を与えられても空腹感はなく、体を動かしても解放感がない。 そうそう、私の身内だという人が先日訪ねてきた。 姉だと言ったが、知らない人だった。 会社の人間だという人も来たが、もちろん知らない人だった。 ねぇねぇ、鏡に写るこの顔は、だぁれ? みんな私だと言うけど、そうかしら。 ……知らない人よね。 「大事なものをなくしたのねぇ……」 あの時聞いた言葉を、呟いてみる。 ……誰が言ったんだったかしら。 *end*
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加