これだけは、なくしちゃいけない。

5/11
前へ
/11ページ
次へ
"うち"って……? 汚れてもいいように、それでいて動きやすいスウェット姿で、両手に軍手をはめ、片手に園芸用のスコップを持っている。もう片方の手には雑草を握っていた。 「お庭の手入れをしていたら、ミサキちゃんが血相変えて入ってくるから……」 そう言われて、やっと気付いた。ここは私の家じゃない。 いくら顔馴染みの人間でも、挨拶もなしに敷地に入ってきて、いきなり玄関の前で立っていれば、驚くだろう。 私は恥ずかしくて、逃げるように走り出していた。 走ったといっても数メートルで、振り返ればまだおばちゃんの庭が見える……はずだった。 「……あれ?」 振り返ったのに、おばちゃんの庭どころか、自分が今どこにいるのか、わからなかった。 そんなはずはない。二十数年両親とここに住んできて、この街の事ならなんでもわかる。 本屋、コンビニ、スーパー、バス停、駅、学校……。 知っているはずなのに、どうして私は、ここに初めて来たような感じがするの? ここはどこ? 私のケータイはどこ? 家の鍵はどこ? 私の家は、どこなの?
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加