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観光名所
観光名所に来た。
断崖から臨む空と海が絶景という場所で、実際、その果てしなさに目を奪われた。
「いい景色ですよねぇ。さすがは有数の観光名所だ」
旅行客らしき男性がそう言いながら寄って来る。連れがいない様子からして、俺と同じ、時季外れを狙った観光客だろうか。
「本当に。すっごいいい眺めですね」
当たり障りのない挨拶を返すと、男は俺の隣に立った。そして意味深に笑う。
「これも素晴らしいですが、実は、もっといい眺めがあるんですよ?」
「へぇー。そんなのがあるんですか」
「あるんですよ」
愛想よく言いながら、男が崖の先端に向かう。
いやまあ確かに、乗り出した方がより眺めはいいだろうけれど、いくらなんでも危ないぞ。
立ち入り禁止ラインを平気で越える相手に、危ないですよと声をかけるよりも早く、その姿が宙に舞った。
俺自身もギリギリの所まで詰め寄り、身を乗り出して下を見る。
落ちていく男の笑顔が見えた。そして、声が直接頭の中に響いた。
「落ちてく奴を見て驚く、その顔が最高の眺望ですよーー」
声が途絶えた瞬間、その後の展開を察して、俺は無意識に目を閉じた。
…何も聞こえない。でも、無残な亡骸は確実に下にある。だから確認しなければ。
義務感で恐る恐る目を開ける。だが、予想していた凄惨な現場は視界のどこにもなかった。
海に落ちたのか? いや、それなら確実に音が聞こえた筈だ。
ということは。
危険。立ち入り禁止と書かれた看板の横に、思い留まれや早まるなと書かれた看板が立てられている。
ここは観光スポットであると共に、自殺の名所としても有名だ。そしてどうやら、ここで死んだ霊達にとっては、違う形の眺めを楽しむ名所になっているらしい。
そろりそろりと、自分が霊達の仲間入りをしないよう、慎重に断崖から離れる。安全な所まで戻り、もう一度背後を振り返る。
どこまでも果てしない、空と海の絶景スポット。もう来ることはないから、見納めとばかりに眺め尽くし、俺は悪趣味な霊達の観光名所を後にした。
観光名所…完
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