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その日を境に、世界から徐々に色が抜け落ちていった。
時が経つにつれ絵の具の鮮やかな色がただの明暗へと変わり、まるで古い遺影の中の世界のように、目に映る世界が死んでいるように見えた。
世界に溢れている千紫万紅の光の彩色を観ることも、それをキャンバス上に再現することもできなくなった俺は、筆を折るしかなかった。それに至った経緯をあまり周囲に話したくはなかったので、『仕事に追われているうちに自分の描くべきものが何なのかが分からなくなった』などと適当な偽りの理由を付けて『極彩色の魔術師』は静かに表舞台を去った。
幸いそれまでの稼ぎがたっぷりと残っていたので、よほどの贅沢をしなければ、このまま慎ましく余生を終えることができそうだという見立ても出来たが、騒がしい街を歩いていると、知りもしない他人に突然声を掛けられるのが煩わしくてたまらず、俺は心の平穏を求めて人里離れた土地へと移り住んだ。
誰も自分を知らない場所でひっそりと忘れられたように生きていたい。
それが俺の心の底からの願いだった。
目を開ければ嫌でも目に飛び込んでくる陰鬱な光景が一刻も早く過ぎていき、本当の闇が訪れるのを、通り雨が止むのを待つように、ただただ待っていた。
その時だ。俺があの虹に出会ったのは。
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