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ひっそりとした夜明けだった。
空が闇から朝へと変わり始めたばかりの時刻なのに、部屋の中はすでにコーヒーの香りが満ちている。
……哲ちゃん、もう仕事にでかけたんだな……アタシ、また寝坊しちゃった。
ヘリの操縦士がこれほど時間に不規則な仕事と知ったのは、哲ちゃんと暮らし始めてからだった。
アタシはのそのそと体を起こし、キッチンで残されている冷たくなった飲み残しのコーヒーに口をつける。
毎朝、時には夜、哲ちゃんを笑顔で見送ったあと、アタシは一人取り残される。
心配性の哲ちゃんは、アタシが一日中家に閉じこもっているのが気にかかるらしく、ペットを飼うといいだとか、アルバイトをすればとかいろいろ提案してくれた。
「大丈夫」と、アタシは首を振り続ける。
だって哲ちゃんは知らないけど、アタシには誰も立ち入れない秘密の世界がある。
その世界の中で神にも悪魔にもなれるアタシには、退屈なんて無縁だった。
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