1007人が本棚に入れています
本棚に追加
/321ページ
「いやだね」
もう何も刺さっていないフォークを軽く振りながら、実にふてぶてしく言い放ちやがった。身長は俺より少し低いくらい、ベッドに座ったままでは視線の高さもさして変わらないはずなのに、瞳が冷ややかに見下す意思を示す。
俺は声を大きくして怒鳴りつけた。
「あのなぁ! 今このロンドンに殺人鬼がいることはあんただって知っているだろう! それに便乗した奴らも加わって、治安は益々悪くなっている。自分の身は自分で守るつもりでいてもらわなければ被害が増えるだけだ」
「関係ないね。この国では自由というものが保証されている。たとえ警察だろうが、法に触れない限り個人のそれを縛る権利はない。僕は僕の良心に従って行動するだけだ」
「その無謀な行動であんたが死んだらどうしようもねぇだろ!」
「死んだら? 死んだら……ま、それはそのときでしょ。命が惜しくなったなら、そのときもまた自分の心に従うさ」
「おまえ、ふざけるのも大概にしろよ……っ」
「僕のことばかり責めるけど、君自身はどうなんだ? どうして殺人鬼のいる夜の街を一人で動いていた。捜査はツーマンセルが基本だろう。人のことをとやかく言う前に自分の行動を振り返ったらどうだ。あとね、ここは病院だから静かにしたほうがいい」
口許に人差し指をあて、ノアが空になった皿をテーブルに置いた。
苛立ちから舌打ちをして自分の太腿を拳で殴り付ける。そんな俺の様子を揶揄うように、男はまた小さく笑みを噛み殺した。
「それとも、そんなに僕のことが心配?」
「俺はこれ以上、一般人に被害を出したくないだけだ!」
「はは。そうだよね、君は。つれないよなぁ」
体ごとこちらを向き、胡座をかいていた脚が解かれベッドから投げ出される。
寝衣から出た膝が俺の内腿にぶつかったことに視線を奪われて、気付いた時にはもう遅かった。
最初のコメントを投稿しよう!