1007人が本棚に入れています
本棚に追加
/321ページ
ベッドのスプリングが鳴って、顔を上げた瞬間。鼻を抜けていく林檎の香り。
それから普段は香水の匂いと混じり合って分かりにくいこの男の、そこまで強くもない体臭をしっかりと感じて、唇に何か当たる感触があった。
目の前には、瞼を閉じる男の濃い睫毛。エバーグリーンの瞳が睫毛の間から覗いて、そこに阿呆面を晒した自分が映る。
「君のそういうところ、惚れ直すけどさ」
俺は声にならない声をあげて椅子から転げ落ちた。
「……っ何をしてるんだよ!!」
「何って……助けたお礼にキスしてもらっただけ?」
「おまえ、さっきどの口で恩着せがましくするつもりはないとか宣ったんだ!」
それに『キスしてもらった』という表現は大いに誤りがある。今完璧に、無理やり、不意を突かれて奪われたというのが正しい。
唇に触れた柔らかい感触。ぼんやりしていたのにはっきり覚えている。その感覚を拭い去りたくて、袖で乱暴に口許を擦って立ち上がった。
「了承も取らずにすることか!?」
「だって君、先に聞いたら拒否してくるだろう」
「当たり前だ!!」
怒鳴られた男は煩わしそうに両手を耳へ当てた。
最初のコメントを投稿しよう!