part1.クレゾールと林檎

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ベッドのスプリングが鳴って、顔を上げた瞬間。鼻を抜けていく林檎の香り。 それから普段は香水の匂いと混じり合って分かりにくいこの男の、そこまで強くもない体臭をしっかりと感じて、唇に何か当たる感触があった。 目の前には、瞼を閉じる男の濃い睫毛。エバーグリーンの瞳が睫毛の間から覗いて、そこに阿呆面を晒した自分が映る。 「君のそういうところ、惚れ直すけどさ」 俺は声にならない声をあげて椅子から転げ落ちた。 「……っ何をしてるんだよ!!」 「何って……助けたお礼にキスしてもらっただけ?」 「おまえ、さっきどの口で恩着せがましくするつもりはないとか宣ったんだ!」 それに『キスしてもらった』という表現は大いに誤りがある。今完璧に、無理やり、不意を突かれて奪われたというのが正しい。 唇に触れた柔らかい感触。ぼんやりしていたのにはっきり覚えている。その感覚を拭い去りたくて、袖で乱暴に口許を擦って立ち上がった。 「了承も取らずにすることか!?」 「だって君、先に聞いたら拒否してくるだろう」 「当たり前だ!!」 怒鳴られた男は煩わしそうに両手を耳へ当てた。
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