prologue.トップノート

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生まれつき人よりも鼻が利いた。それについて、あまり良い思い出はない。 不快な匂いに気分が悪くなるのは当たり前だが、俺はどちらかといえば多くの匂いが混じり合う場所が苦手だった。 頭のなかが混線して、著しく思考が停滞する。 おそらく味覚なら甘ったるいチョコレートと柑橘類の汁とミルクと肉を真っ黒になるまで焦がしたものを一遍に口に突っ込まれるような、聴覚ならガラスを爪で引っ掻く音を四方から撒き散らされるような、そんな感覚だ。 だから都会なんて嫌いだ。 特にこの場所は最悪と言っていい。歓楽街を越えた先にある郊外のこの通りには工場が多く、裏路地はさらにひどい匂いを発する。腐臭と、油臭さと、土埃の匂い、つんと鼻を突くような薬品の匂いが入り雑じる。 それから、ひどい血生臭さを感じる。 ……なぜだろう。考えてみれば、先程よりも他の匂いは薄れている。 幾つもの匂いが渦巻いているはずのこの場所で、血生臭さばかりがひどくて他の匂いはあまりにも弱い。 さっきまでは、こんなものじゃなかったはずだ。そもそも、何故こんなに血の匂いがする。 感じ取る匂いが少ないことを頭が理解すると、脳の回路がすっと通った。 匂いの元を確認するため、瞼を開けたつもりだったが、光は網膜に入って来なかった。布のようなもので目隠しをされている。 腕と脚を動かし、体を起こそうとするが、揺れるだけで思った通りに動かせない。足首と、腰と、手首を、それぞれ縛り付けられ、椅子に座らされている。 そこまで考えて、ようやく自由を奪われていることを理解した。 途端に後頭部へ痛みが走る。全身の痛覚が頭から足に向かって覚醒し、錆び付いているかのように体が軋む。
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