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中年の男が横を通り過ぎ、俺は街の景色を見渡した。
幼い子供を連れ歩く母親。道の端で話し込んでいる学生。カフェのテーブルで寛ぐ恋人達。
昼の間だけは誰も殺人鬼の恐怖など忘れたような顔をして、普段と変わらない平和な日常を過ごしている。
空はどんよりと厚い雲に覆われ、空気は目一杯に雨の匂いを含んでいた。
今日は予報通り雨が降りそうだ。この調子なら、明日の朝までは降り続く。
束の間の平穏を引き伸ばしてくれる悪天が強張っていた肩の筋肉を和らげた。
降り始めるまであまり時間もなさそうだったので、俺は少し息が荒くなるほど脚を速めた。
帰ってビールを飲もう。今日はゆっくり風呂に入って早く寝る。一晩過ぎれば、あの探偵にされたことなんかすっかり忘れている。
あいつはきっと、いつも通り俺をからかって遊んでいるだけだ。真面目に考えるだけ馬鹿らしい。
これまでも俺の担当する事件に直接あいつが関わることはほとんどなかったのだから、もう近付かなければいいだけだ。
ぽつり、と頬に雫が流れ落ちた。
街を歩く人の一部が掌を広げて空を見上げる。そんな確認を無駄だとでも言うように、次の瞬間には誰もが気付かずにはいられないほど多くの雨粒が地面を打った。
駆け足になるが、まだ家までの道のりは長い。
ああ、くそ。だから今日は日が悪いと言ったんだ。
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