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二年前まで俺は特殊作戦部に配属され要人の警護をしていた。忘れもしないあの日、犯罪組織同士の抗争が警察や一般人を巻き込む大きな事件をこの目で目撃するまでは。
初めて人間が死ぬ様を目の当たりにして、俺はノイローゼになった。
上司からの命令でまずはお抱えの医者に、次は専門医に連れていかれたが、どれも事態の好転には繋がらなかった。
おまけにこの時、婚約者にもフラれている。事件のことしか頭になく、彼女を遠ざけていた自分の行動を省みれば当然の結果だった。
そうして警察を辞めて田舎に帰ろうかと考えていた頃、居場所の無かった警護課からマクダウェル警部が自らの下に引っ張ってくれた。
殺人犯を追うことは二年前の事件で助けられなかった被害者達への償いになる気がしていたのかもしれない。この人のおかげで俺は立ち直れた。
それが先日になって、イーストエンドの裏路地で殺人犯を取り逃がし、偶然発見した犯罪組織の麻薬取引現場に見入ってしまった。複数人いた連中をあの場で取り押さえることはできない。ただ今後やつらを捕まえる手掛かりになるようなことはないかと様子を窺っていた。
あの時すぐにその場を離れていれば、こんな騒動にはならなかったのに。
本当に嫌気が差す。結局、二年前の事件は未だに俺のなかで尾を引いている。
「君を呼んだのは、ノアのことでなんだが」
警部の口からあいつの名前が出た驚きから、唾を飲んで喉が上下した。
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