part1.クレゾールと林檎

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目の前には重い扉があった。 左右に伸びる白い床を看護師や病人、またはそれの見舞いに来たであろう人間が通りすぎて行く。 フルーツが並べられ綺麗にラッピングされたバスケットを持って、そこに立ち尽くしていた。 できることなら今すぐこの場から逃げ出したい。このひどく重たく感じるバスケットを放り出して帰路に着き、渇いた喉にビールを呷れたらどれだけ幸せだろう。 数日前まで入院していた病院を訪れたのは、ある男の見舞いのためだ。どうにも脚が進まず、病院の周りを何周も歩いてからようやく辿り着いた病室の前で、また止まっている。 扉に手を掛けた。数秒考えて、そっと伸ばした手を引いて踵を返す。 やっぱり、今日はやめよう。日が悪い。明日。いや明後日か、その後にでも出直して―――。  ふと下を見ると年端もいかない少女が立っていた。俺と目が合うなり、少女はゆっくりと眉を寄せ、口を横に大きく開いて顔を歪める。そして、糸が切れたかのように泣き出した。 「うあーーん!!」 カウンターで看護士と会話をしていた母親らしき女性に駆け寄り、俺を指差して、顔怖いだのと失礼なことを喚き散らしながら泣きついている。 気づけば周りからの視線を一身に浴びていた。居心地の悪さに耐えられず、訝しまれる状況からただ抜け出すために振り向いて扉を開ける。
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