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室内の空気に触れると、鼻腔をくすぐる香水の香り。
「やあ、久しぶり」
ベッドの上の男は読み途中の本を閉じて声を掛けてきた。
男の前開きの寝衣から覗く肌にはまだ痛々しく包帯が巻かれている。入院生活の所為か、西日を受けるストレートの黒髪は以前よりも伸びていて襟足は肩に付きそうだ。
上体だけ起こしている男は灰色がかった深い緑の瞳をこちらに向けた。その目が細められ、口角を上げニヤリと笑う。
「外が騒がしいようだね。病室に入るか悩んでいる怖い顔をしたお兄さんを見て、父親のお見舞いに来ているいたいけな少女が泣き出してしまった、ってところかな?」
「俺が知るか」
「あの年頃の子供は、野良猫を見たって泣くような繊細さを持っている。そう気に病むことはないよ」
少女を知っている口振りだ。同じフロアにいる患者の見舞客を知っていても不思議ではない。それくらい既にこの男が入院してから日が経っている。文句を言われるだろう、というのは予想していた。
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