第1章

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      「あなたは、ひとりで生きられるのねぇ~♪」と凛乎は無意識にくちずさんでいた。  堀之内駅の電車の発車メロディが渡辺真知子の「かもめが翔んだ日」なのだ。  青物横丁駅は島倉千代子の「人生いろいろ」。  電車に50分揺られていると、お千代さんの歌声がぐるぐると脳内を駆けめぐるのだが、堀之内駅のプラットホームを踏みしめた直後から、渡辺真知子の歌声に占拠される。  凛乎はガールズバンド「月影舞踏団(ダークムーンダンサーズ)」のメインボーカルだ。伸びのある歌声と圧倒的な表現力から、生で聴いたことはないが渡辺真知子を「心の師匠」と仰いでいた。        ◆       ◆       ◆  「今日もカワイイねぇ。また東京湾の魚をだましちゃうのか?」。  明るく元気なバリトンボイス。新安浦港の釣り船「おみくじ丸」の船長の大吉だった。  大吉の父親は、東大卒の商社マンだったが「東大卒なんて社会の役に立たん。オレはいろんな人の灯台になりたい」と、脱サラをして遊漁の船頭になった。  大吉が生まれた年で、船の屋号は子どもに「大吉」をつけたので「おみくじ丸」とした。乗船客にお手製のおみくじを引かせて「大凶」がでると、これまた手製のアジ釣り用の竿をプレゼントする。非売品で、このおみくじでしか手に入らない。毎月1人ペースで当たっていて、凛乎はまだ当たっていない。  大吉は昨年、父親から代を譲り受け、2代目おみくじ丸船長として、ようやく板についてきた。出船は朝7時過ぎ。6時35分に堀之内駅に到着する釣り人をワゴン車に乗せて港まで案内するのが、日課となっている。  「凛ちゃん、何かあったのか?火曜日に釣りに来るときはよ、たいてい何かあるもんな」と大吉船長。凛乎の表情が上空の雲よりもどんよりとした。     
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