第3章

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 「月影舞踏団」はレコード大賞の新人賞を獲得した。  決して笑わないボーカル。  凛乎の無表情にファンが熱狂した。  海外の報道にも載った。「クールジャパンがここにある」とロイターが、伝えた短い写真付きの記事が面白がられて、欧州から火がついた。  新人ながら世界ツアーが決まって、極東の不思議なロックバンドとして話題となり、CDが売れて、ライブのチケットもソールドアウトが続出した。  「あたし、誰に必要とされてんだろ」。  その思いは変わらなかった。  歌っているときだけは無心になれた。無表情でシャウトする凛乎の気持ちは、常に達也に向いていた。  達也にどこかで気付いてほしかった。その一心で歌い続けた。  まさか、パラグアイでサッカーを続けているとは。  教えてくれた友人は「あいつ、泥臭い南米のサッカーは好きじゃなかったのにね。ネットで出てた写真はヒゲ面だったよ」と話していた。  複雑な心持ちのまま、京急に飛び乗り、釣りにきていた。     ◆     ◆     ◆  「大吉船長、何でもないもん。ただ、東京湾で釣りがしたかっただけだよ」と凛乎は突っ張ってみせた。  釣りは、お父さんの影響だ。  お父さんは、東京湾のアジ釣りしかやらなくて「東京湾のアジは、世界で1番おいしいんだ」と教えてくれた。凛乎も東京湾のアジは最高だと思っている。  最近になって釣りガールがいっぱい出てきているが、4歳からやり続けている釣りなので、そんじょそこらの釣りガールと一緒にはされたくなかった。だから、釣りを趣味にしていることはひたすら隠していた。  「おみくじ丸」の事務所についた。なじみのおじさんたちが釣り談議に花を咲かせていた。「今日もよろしくね」と挨拶してから、恒例のおみくじを引いた。  大凶。  一瞬、何が起こったのか分からなかった。「あれ、これ当たった? オヤジ船長の竿、当たったの? この大凶、って本当に入れてたんだね?」と独り言をつぶやいて「いいことはは重なるのかなぁ」と涙声になった。  オヤジ船長は「なんだよ、凛乎ちゃん、そんなにオレのつくった竿が当たってうれしいのか」と妙にはしゃいでいた。  凛乎は「あなたは、ひとりで生きられるのねぇ♪」と歌声を潮風にのせて、涙をぬぐった。
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