14人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの……」
見知らぬスーツ姿の男が声をかけてくる。何度目だろうか。
「さあ、知らない」
相手の質問を待つまでもなく、先に答えた。
「……」
「……」
しばしの沈黙が二人を包む。
「いや、すみません……ええと」
「何」
「これは、一体……」
ふぅ、と小さく息を吐く。
逢坂秀都(あいさか・しゅうと)は、それを返事の代わりとした。どうせこの男が次に聞いてくることは決まっている、「この状況が何か」だ。困惑と疑念の入り混じった男の顔が、それを裏付けていて……、とても面倒臭い。
「一体、いつまで待てばいいんでしょうかね……」
「ん?」
だが、男の口から投げかけられたのは意外な言葉だった。
予想外の問いに、秀都は思わず相手の目を見てしまう。
静かだが真摯な色を纏った視線が、真っ直ぐこちらを見据えていた。
「うーん、何ていうのかな。貴方もここで目覚めたんでしょう? 周りを見ても恐らく皆そう、だから、状況が動くのを待ってるんです」
「そっか、なるほど」
思いの外、その男は他の奴らと違って冷静だった。悪くない。
秀都が目を覚ましたのは、今から更に十分ほど前。背中の痛みを堪えつつ上体を起こすと、周りが見覚えのない景色だと言うことに気がついた。一見すると、最も近い施設名としては体育館が挙げられるが、窓も扉もなく、あるとすれば正面に位置する少し高くなったステージのみ。人が周囲に倒れているという事実も、その異様さに拍車をかけていた。
時間の経過と共に人がチラチラと身を起こし始め、真っ先に起きたであろう自分に事情を聞いてくるも、秀都とて何も知らない。それを伝えると、人々は周囲に散っていった。だから今回もそうだと思ったのだが、案外冷静な人間もいるものだ。
「葛西です。呼び捨てで構いません。ここで何かがあるのなら、呼称が無くては不便ですから」
「……そうだな。俺は逢坂、何とでも呼んでくれ」
「分かりました。今の僕らに出来る事は特にないみたいですね、もう少し人を集めておきますか?」
「いや……いいんじゃないかな」
何が行われるのか分からない。この異常事態に、これ以上のイレギュラーは抱え込みたくなかった。
ともかく今、秀都は状況が動くのを待っている。
最初のコメントを投稿しよう!