14人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女はそこで一旦言葉を切った。
それだけの言葉を、一度も笑わずに喋りきって。
「あの」
「何」
「駄目ですよね、止めないと」
「ん」
葛西が、人混みをかき分けて前へと歩いていく。
「ああ……勝手にしたら」
秀都はそれの後を追う気にはなれなかった。
だってどう考えてもあの女は、普通じゃないから。
「あの、貴方」
「ん? あ、先刻の素直な人か、どうしたんだい」
「止めときませんか、これ以上は」
「……。……と言うと?」
「殺し合いとか……そう言うの。人としての理性があるのなら、そう簡単になし得る話ではないと思うんですが」
彼女は一瞬、壇上に上がってきたその男の目を見つめた。
それからゆっくりと周囲を見渡す。
「まあ、そうだよな」
「急に言われてもね」
「現実味に欠けるって言うの? こんな子供に言われても」
「いいから早く家にかえしてくれ」
葛西の言葉に、前方に立っていた人々が同調した。誰も彼も、この時点では自分たちが不幸な実験台と言われたことすら水に流せる程に、何も受け入れてはいなかった。どこか呆れ気味な雰囲気が充満していく。それは当然の事で、一体誰が現時点、何が正しいかを判断出来ただろうか。
一瞬だった。彼女の手が、男の胸を貫くのは。
「は――」
壁にもたれたまま黙って前を見ていた秀都は、思わず目を疑った。
だが何度見ても同じ。桃色の髪の女の子の右腕が、葛西の身体を貫通していた。
「違うんだよね、もうそういう次元の話じゃないんだ。キミ達は現に今ここにいるじゃないか。なのに今更何を騒ぎ立てようって言うのかな? 誰か一人でも、これだけの人数がこの場に集められている事態を満足に説明できるのかな? 出来ないよね。私はこれでも親切なんだよ、最後の三人になれば、黙ってお家にかえしてあげるんだからさ……」
胸を貫かれた葛西は、四肢をダラリと垂れ下げている。
「ん? この子は……。あーあ、もったいないなあ、ある意味最強クラスの能力を貰っておいて、ははは」
彼女の喋る言葉の意味は分からない、だが状況は理解した。先刻まで隣に居たあの男はどうやら、もうこの世に居ないらしい。たった数回会話を交わした人間とはいえ、こうもあっけなく死ぬものか。震える右手を握りしめ、思わず唇を噛んだ。
最初のコメントを投稿しよう!