第三章

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      * * * 神官サイラスと明日の打ち合わせを終えたばかりのファウストは、天井を仰いで息をついた。 あの、笑っていても凍っているような冷たい目が昔から苦手だった。 部屋にはヘルマンや護衛隊長がいたとは言え、正面切って向き合うには中々の気力を要した。 しかし、今宵はまだ休むわけにはいかない。 「ヘルマン、ティアラとヨシュアを呼んできてくれ」 「かしこまりました」 頼れる側近が部屋を出ていってから、ファウストは仰いだ格好のまま目をつぶる。 仕入れたい情報はオーヴェの屋敷に滞在している間に済ませており、今日の式典や晩餐会で繋がりをつけておきたい者とも大体の顔合わせはできている。 皇帝神の想定外の誘い以外は、抜かりない対応をしたはずだ。 内心に巣くう、尽きる事なき不安をゆっくりと静かに自信に変えてゆく。 小国の王であるファウストが他国相手に難しい均衡関係を崩さないよう駆け引きをしている時、いつも綱渡りしている気分になる。 そして時々、自分がどちら側にいるのかわからなくなってしまう。 王とは細い一本綱を渡らせる偉そうなサーカス団の団長なのか、それとも、泣き笑いの派手な化粧で渡らせられている滑稽なピエロの方なのだろうかと。
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