第三章

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「それは、ティアラの為ですか」 「当然だ」 ファウストは半分だけ嘘をついた。 「ティアラはカミの巫女だ。ウェイデルンセンになくてはならない存在だ。決意して、お前の女嫌いを克服する為に付き合ってやるような気安い者ではない」 あえて放り投げた貶める言葉であり、全ての憤りを自分にだけぶつけてくれればいいと考えて覚悟をしていた。 けれど、ヨシュアは少しも反論せずに受け入れた。 「わかりました。では、馬を一頭、お借りできますか」 「何に使う?」 「オーヴェでの用件が済み次第、そのままシンドリーに向かおうと思います。お手数ですが、荷物はまとめて実家に送ってください。シモンなら仕分けられると思いますので」 ファウストは驚いていた。 本人が納得して決意できるまでの猶予は与えるつもりだった。 しかし、ヨシュアの方がそれを必要としていなかったのだ。 見返してくる表情にも途方に暮れた感じはなく、決然と自分の意思だと訴えてくる。 もしかしたら、ヨシュアの中にもすでに潮時だと感じていたのかもしれない。 「いいだろう、お前の好きにしろ」 それから、いくらかのやり取りをして話を終わらせると、ヨシュアはこれが最後の挨拶とでも言うように深く頭を下げて部屋を後にした。      * * * 廊下に出たヨシュアは、自分に割り当てられた部屋の前で立ち止まった。 中に入ろうとして、伸ばした手の震えが大きくなっている事に気が付いて情けなくなる。 確かに、ファウストの推察通り、ヨシュアはある種の限界を感じていた。 それと、恐怖心。 今にも両手を握り締めて喚き散らしたい衝動を抑えて、ゆっくりとした動作で扉を開く。 そうして、察しが良くて世話好きのシモンが同行していなくて本当に良かったと、せめてもの慰めを自分に言い聞かせて一人になった。
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