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もぞもぞと体を揺すり江上の腕から抜け出す。俺は早々にエンジンをかけ、車を出そうとした。
江上はシートにもたれ、しおらしくホールドアップする。
「性質を利用ってなんのこと?」
今更その話題持ってくるのかよ。改まって言う話でもないんだよ。なんか、かえって恥ずかしいわ。
「まぁ、いいさ。戻ろう」
左右を確認し、いざ発進とアクセルを踏もうとした刹那、聞こえてきた「はい」と業務的な返事。
「なんなんだよ! お前は。調子狂うだろ」
江上はキョトンとして俺を見た。
「アキヒロが部屋上がりたくないなら、おとなしく戻るしかない? と思って」
「わかったよ」
子供みたいに素を見せてくる江上に「ふう」と息をつき車を走らせる。
完全に振り回されてるな。
話も聞かず、意味なくいきなりうっとりした眼差しを向けて誘ってきたかと思ったら、今度は手のひらを返したようにアッサリ引き下がりやがって。
運転していると江上が嬉しそうに言った。
「じゃさ、仕事終わったら一緒にご飯行こうね」
「飲まないからな」
もう何度も同じ手でやられてるんだ。いいかげん学習するっての。
バカみたいに未だ江上に張り合い続ける自分に、「ふふ」と笑いが込み上げる。
こういう事なんだよ。
どっちが勝ちでどっちが負けだと騒いでる俺は、江上の手のひらの上でゴロゴロと転がされてんだろうな。
「アキヒロ飲まないの? じゃあ俺が飲んじゃおう。酔ったら介抱してね?」
「嫌だ」
「店どこがいい? 焼き鳥屋? 新しい店の方がいいかな。予約しとくね」
ニコニコ笑顔で、スーツのポケットから携帯を取り出し検索する。
「お前ってほんと懲りないよね」
「一途だし、料理上手だし、お買い得だよ?」
「まぁな」
結局、江上と話しながら俺の頬は満足げに緩んでいた。
完
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