第1章

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カツ、カツ、カツ。 コツ、コツ、コツ。 このヒールの音はまるでタンゴのステップだ。 自嘲しながら今日も高らかに響かせ入場する。 安物の芳香剤と香水の匂いが混ざった埃くさい小屋の中へと。 「あいつらみたいなことはしなくていいよ」 人差し指に挟んだ煙草を燻らせて言う。 「ただし」 モア・メンソール。 「その靴でおいで」 いつも三口しか吸わずすぐに消す。 笑う。 初めて連れて来られてからどれだけ経つのか。 「姉さん!ホント綺麗なのよ! 出勤前に少しだけ付き合ってよ。店から近いんだしさ」 そんなことしてるなら一時間でも客と会えばいいのにと思いながら付き合った。 同僚は舞台上の若い役者にひざまずく様にして一万円札の花を付けていた。 つまらない。帰ろうと思って立ち上がろうとした時に現れた。 ザンギリ頭が破れ傘に刀。一点を見つめ、刀を床に突き刺した。 目が合った、光った、招かれた。 カツ、カツ、カツ。 あれ以来わざと遅れてわざと響かせて入る。 コツ、コツ、コツ。 すぐに見つけてこちらを向く。笑いもしない。 カツ、カツ、カツ。 ヒールも磨り減るのよ? コツ、コツ、コツ。 知ってる。 カツ、カツ、カツ。 いつまで保つかしら。 コツ、コツ、コツ。 君次第。 カツ、カツ、カツ。 じゃあもうおしまい。 コツ、コツ、コツ。 ほんとに? ―うそ。
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