第1章

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 乳白色のうす雲がかかる青い空と、枝がしなるほど花を咲かせた桜の木。 桜が落ちる速度は秒速5センチメートルだとなにかの本で読んだことがあるけれど、朝露を乗せた花びらは重さのせいでやや駆け足で地面に舞い降りていく。 普段は取り澄ました顔をしてそっけないアスファルトも、柔らかなピンク色の桜に覆われれば随分と華やかだ。 僕は桜の花びらの絨毯の上を慣れない革靴で歩きながら、心細さをごまかすために腕時計に視線を落した。 入学式まであと30分。 高校の入学式は電車の遅延が原因で遅刻しちゃったけど、今回は大丈夫。 まだ随分時間に余裕がある。 三年前の高校の入学式の時は遅刻したうえに、広い敷地のせいで迷子になっちゃったっけ。 そこで偶然湊さんに出会って…… 懐かしい記憶はどんどん蘇ってきて、同時に感慨深くなる。 あれからもう三年。 高校を卒業して、とうとう大学生になってしまった。  使い慣れない駅で降りてからここまでの道中、僕と同じように新品のスーツを着て緊張した面持ちの人たちが同じ方向に向かって歩いていた。 おそらくみんな僕の同期で、これから四年間同じキャンパスで学ぶ仲間たちなんだろう。 風で舞い散る桜の花びらを目の端で追いながら、僕はぽっかり空いた隣の寂しさに気が付かないふりをしていた。 新しい季節はいいことばかりではない。 春は出会いの季節というけれど、同時に別れの季節でもある。 今までだったら、僕の隣には浩介が隣にいたのに……。  幼稚園から高校までずっと一緒だった浩介は僕と違う大学に進学することになり、僕らは18年間生きていて初めて別々のところに通うことになった。 もちろんそれは仕方のないことだけれど、一緒にいることが当たり前になっていたせいで、浩介が隣にいないという喪失感は思いの外大きい。 今までなにかと浩介に頼りっぱなしだったし、僕が気が付いていないところでもこっそり浩介が色々と助けてくれていた。 でも…………これからは一人でなんでもやらなきゃいけないんだな……。 分かってはいたけれど、こうして大学への道を一人で歩いているとそのこと痛感して胸が苦しくなる。
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