ただ、赤く濁る

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 また、身近で人が死んだ。 知る、知らないだけで、死なない選択肢はない。 そこに自分がいるだけで、ただ、死ぬ。  そう言う存在として、僕は今日も、ただ、生きている。  両眼を五秒と開け続けている事すら、煩わしくなる酷暑。 目玉の、特に黒目目掛けて、日光は剥き出しの殺意を突き射す。 白んだ苛立ちの靄は熱を帯び、肌の表面を下から上へと容赦なく滑空して行く。 物々しく噎せ返る現場は、一様に汗ばんだ感情のオンパレード。 野次馬も関係者も皆、心は自分だけのオーダーメイドを決め込み、 しかし、それに体の動揺が似合わず、これが、すでに『一般人』のセンスの 限界だった。  そこに熱風を連れ、淡々と駆け入る人種は、やはり普通とは 異なって見える。 『警察』と言う異形の者に、畏怖の目は存分に注がれた。 「どうぞ、こちらです」 弱々しく誘導する、ここの現場責任者であろう中年男性の顔色は、青から白へと、 みるみる不気味なグラデーションを進め、片や健康的に血色の良い女性刑事が、 この場面では心なしか悪役に映るから不思議だ。  屋外から屋内で、これだけ暑さの質の違いに、まずは驚く。 ここは小さいなりにも、積年の重みを感じる鋳造工場。 鈍色なモノトーンを基調にした、極めてノスタルジックで、感傷的な1シーンに安心を添えるには、やたらとビビットな色に染まるマシーン。 アクセントと一言で片付けるには、あまりにも下品に飛び散った鮮血の我が強過ぎる。 この執拗に茹だる環境で、血生臭さが生々しさを帯びる中、手際良く処理を 済ませた救急隊員の一人を呼び止める。 「被害者は?」 「見れば分かるでしょ。即死ですよ」 惨憺たる状況で聞かれた女性刑事の戯言に、露骨に不快感を露わにしたのは、 一応暑さのせいにしておいた。
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