広がる黄ばむ沼

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 午後になると、太陽は一直線に真上へと幅を利かせ、鼻につくほど、 灼熱を放射させる。それを、外回りの冷えびえとした車中で、白々とした 態度を決め込み、無言のまま知らん顔で呆ける野副と畠山。  ラジオからは、昨日の事件について、警察への説明責任を求める内容の ニュースだけが活発に流れていた。午前中の惨劇は、洩れずに済んでいる様だ。 「おまえ、どう思ってるんだよ」  何の前触れもなくふいに、それはほんの突然の出来事だった。 助手席で寝入る訳でもなく、目を瞑りながら、腕枕で横になったままの野副が、 畠山へ質す。 「どうって、彼に関してですか?」 急な問い掛けに、びくっと、畠山の小ぶりな胸が揺れたが、野副から返しの 答えがないと言う場合、ほぼ間違いなくそれで、そのまま合っている。 「どうもこうもないと言うか・・・。少なくとも起こった事は事実として、 今は受け止めなければならないのかなって」 畠山は少しだけ色気づいた。心境はすでにまとまっていたが、言葉をはぐらかし、 歯切れ悪く、一呼吸溜めたテンポで野副を試したのだ。 「チッ。薄味で、当たり障りのねぇ答えだな」 退屈に感想を吐き捨てて、窓側にごろりと寝返りをうった野副に、畠山は 語気を強めた。 「そう言う野副さんこそ、どう思ってるんですか。それじゃなくたって、 今回でさらに一係を敵に回したんですからね」 「あんな、向こうのステーキみたいな奴ら、食欲すら起きねぇよ!」 相手が誰であれ、単刀直入で物を言ってのける野副の、小細工のない意見を、 畠山もこうなると意地になって、尚更に聞いてみたくなった。 「それよりも、あの辛島ってガキの素性は、柔らかくて味わいもありそうだからな。 味見ぐらいの価値はあるだろ」 再び仰向けに態勢を整えると、野副は音も立てずに両目を開けて答えてみせた。  これこそ野副印の独自な言葉使いで、被害者であれ加害者であれ、 人間でありさえすれば、その本質を見抜き、腸を食い破り、骨の髄まで しゃぶり尽くす。人を狩る刑事の欲求、初期衝動そのもの。  これで少なくとも辛島愁は、野副の食糧として、正式に認められた事となる。
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