第1章

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 「傘」                           私は故郷の近隣の町で暮らしているのだが、生家を訪れることは稀になってしまった。たまに父母が眠る墓地に花をたむけにいくが、生家には寄らない。最近思い立って、五年ぶりに生家に立ち寄った。跡取りの長男もすでに亡く、たしか八十になる筈の嫂も白内障で目が不自由だとのことである。しばらく茶のみ話をして帰ろうとして庭に出たとき、前の畑の傍らに高さ七、八メートルはあろう大きな桑の木があることに気がついた。養蚕が廃れてから、村の桑畑は姿を消したが、たまたま残った桑がそんなに大きくなってしまったらしかった。その桑の巨木は私に生家と私を隔てた長い歳月を感じさせた。私はある種の感慨にうたれ、しばしその桑の巨木に見入った。そして歩み寄り、しだれかかっているその枝から桑の葉を一枚取った。
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