0人が本棚に入れています
本棚に追加
すると養蚕にまつわる様々な光景が、脳裏を切れ切れに横切っていく。薄暗い納屋の床に並べられた幾列もの桑の葉の堆積、その上を蠢き這う何千何万という数の白い蚕たち、その列の間を縫うようにして籠の中から桑の葉を取っては蚕の上に載せる母の姿、あたりに満ちるざわざわざわざわというような桑の葉を蚕が咀嚼する微かな、しかし静寂をかきむしるような音が甦ってくる。母は朝早くから、蚕が小さいうちは葉を、ある程度育ってからは桑の枝ごと、晩までかかって何度も給桑していたものである。
いつも私の中にある母の姿は年老いた晩年のものなのだが、生家でふと手にした一枚の桑の葉が、母の養蚕に忙殺されていた頃の若かった姿を思い起こさせ、私を懐かしい甘酸っぱいような気分に誘い込んだ。
嫂に挨拶して車を走らせていくと、ある光景が不意に鮮やかに蘇った。年とともに薄れてしまい、そのうちに忘却の彼方に沈んでしまったもう何十年も思い出したこともない記憶だった。
私は、甘えん坊だった。近所の人が来てお茶のみ話をしているときなど、母親の膝の上にのって話をきいているような子供だった。六人兄弟の末っ子だったので、母親もそれを許しているようなところがあった。母親が私の頭に手をおいて、
「もうすぐ小学校なのに、甘えん坊でしゃあねえよ」
というと、近所のおばさんが、
最初のコメントを投稿しよう!