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母親のいる桑畑が遠くに見える場所までくると、その方向に稲妻が横切って、一瞬薄暗かったあたりの光景を激しく照らし出した。桑や稲や玉蜀黍などの緑が、瞬間、強烈な光輝となって私の目に乱入してきた。すぐに、天を突く雷鳴が地を揺るがせる。私は怯えを感じ立ち竦んだ。すると、桑畑の方から母親が急いで歩いてくるのが目に入った。
「母ちゃん!」
再び私は二本の傘をきつく抱えて走り出す。雷鳴が、低く垂れた暗雲の上を不気味に転がって、ゴロゴロ音をたてる。母親のそばまでいくと、その背後から追いかけてでもきたように、バタバタと激しい雨が迫ってきた。
「母ちゃん、傘持ってきたよ」
「あゝ」
喜んでくれるとばかり思って、得意げに傘を差しだしたのだが、母親を見た私は凍りついてしまった。母親の顔にひどく険しいものが貼りついていたからだ。
「危ねえのに、なんで来たんだ」
私は頬をこわばらせ、黙って洋傘の一本を渡そうとする。大粒の雨が顔にあたり、すぐに激しい水しぶきが桑の葉の詰まった籠を背負っている母親とその子を覆った。母親は傘を受け取り、歩きながらさそうとする。その洋傘はまだ新しく、尖った先端が鈍く光っていた。
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