第1章

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 そのときだった。その母親がもっている洋傘の先端が、鋭い光を放ったのだ。私の目にはっきりとそう見えた。蛇の舌先のような巨大な稲妻が空を走り、次の瞬間天地が割れんばかりの雷鳴があたりに轟いた。  母は狼狽し、持っていた傘をとり落とした。そして、ずぶ濡れになって笑っている顔を私に向けた。その顔にきまり悪そうな色が浮かんだ。雷を畏れるあまりに傘を取り落としてしまったことを子供に明らさまに見せてしまったことがばつが悪い、そんなわらいであることを私は幼な心ながらも一瞬のうちに読み取った。しかし、母はきっとして、 「傘は危ねえから捨てろ! 濡れてもいいから」  そう云って、一目散に走り出した。  豪雨が風景を白くおし包んで、畔道を走る親子に逆らった。ときどきあたりを絶する雷鳴が鳴り響き、私は足が竦んだ。しかし、もんぺ姿の母親は地下足袋の足裏を見せながら、背負い籠を揺らせつつ走っていく。私も必死にその後を追った。
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