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それはさ、君が言っていた。
だけど一般的には受け入れられ難い理論だよね。
だから俺は君にだけ言うよ。
「自然の摂理、なんだよね」
非情でも無情でも無くて、俺も確かに悲しいんだけれど。
君のその満たされたような顔は、誰かに泣いて欲しいと思っているようには見えないんだ。
君はもう口を開かないけれど、きっとこう言う。
「自然の摂理だよ」
だから俺は泣かないだけなんだ。
君の動かなくなった心臓に軽く触れて、それからそっと手を握った。
君の、固く、でも柔らかく閉じた瞳を見て。
もう二度と開かない唇に、そっとキスをした。
コンコンと扉が叩かれて、俺は腕時計に目をやった。
約束の10分は、5分も過ぎていた。
俺は急いで扉を開けながら
「すみません、15分もお時間頂いて。ありがとうございます」
と、君の両親や友人に声を掛けた。
「いいのよ。もっとたくさん二人の時間をあげたいけれど、私達も、あの子と最後を過ごしたいの。明日になれば、あの子の顔も何もかもこの世から消えてしまうから」
そう言った君の母親の言葉には返事をせずに、目を伏せた。
( 消えないよ )
そう思ったから、返事はできなかった。
君の母親は、俺が悲しみに浸っていて声も出せないと思ったみたいだった。
「涙、我慢しなくていいのよ」
と、ポンと肩を叩かれた。
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