第一話 枯れた世界の嘆きが聞こえる

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 黒くふわりと空気を含んだ黒い髪、病的なまでに色の白い肌。その中にある光を失ったオニキス球のような眼。  黒色のボトムスと灰色のパーカーを身に纏った中性的な容姿は不安げに俺の前に現れる。  彼の名は霜月 京。響きの通り、月光を反射する霜のような儚げな容貌をしていた。  服越しにも分かるほどの細身だ。女子にもここまで可愛らしい生徒は居ない。  「わざわざボクに会いに来るって事は不登校改善委員なんだろう? 学校には行かないからね。絶対に」  「プリントを渡しに来ただけだ」  「……そう」  少年にプリントを手渡すと、彼はすぐに中身を確認し始める。  「これは……数学の課題?」  「解けるのなら俺に少し教えてくれないか」  「分かんないの? ボクより授業受けてるだろうに」  「ああ。解けそうにない」  「や、最初の問題なんてただの四則演算じゃないか」  「本当に分からないんだ」  思わず目を泳がせた俺を見て、彼は溜め息をついた。  「学校に来いって言わないなら教えても良いよ。上がって」  「ああ、すまないな。失礼する」  俺は虚言を吐いた。きっと彼の力を借りなくとも一人で課題を終わらせる事は可能だ。  しかし、彼を動かしたくば一先ずは人格を把握する必要があった。同じ部屋で同じ学習をすればきっと彼の何かが分かるだろう。  彼の住む場所に踏み込んだ。特に何の変哲もないが、片付き過ぎていて少しだけ無機質さを感じさせるマンションの一室だ。  「家族は?」  「出かけてるよ。両親共働きでさ」  「寂しかろうな」  「ううん。インターネットがあれば学校も友達も、家族だっていらなくなるよ」  「……そう、なのか」  やはり彼には何かが欠けている。きっと孤独のあまり心が摩耗しつつあるのだろうと思われた。  「それで、課題のどこが分からないの?」  彼は俺を疑いもせずに尋ねてくる。俺が適当に取り繕った話に彼は真剣な眼差しを向けて時折頷いた。  テーブルを借りてプリントを広げ、彼と二人並んで座る。  「この問題はね、根号を文字みたいに扱うんだよ。XとかYみたいに。つまり根号の中の数字が同じ物同士を計算するんだ」  彼が展開する教示の分かり易さには目を見張るものがあった。きっと数学が出来ない生徒にもすんなりと伝わるだろう。
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