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少年の部屋から出た後、真っ直ぐに自宅へと歩む。
都会の景色は退廃的なモノクロームで植物など一つとしてない。
幾つかのビルを通り過ぎ、少し自然の残りかけている人気のない場所へと辿り着く。
周囲を確認し、人の気配や視線が無い事を確認する。地上に俺の家は無く、誰にも知られる事のない地下シェルターに身を潜めている。
俺も元は平凡な高校生だった。しかし、今では下水道に偽装されたシェルター内で過ごす諜報員だ。
地面を少し掘ると取っ手の付いた鉄板が姿を現す。それを開けば俺の住処だ。
八畳ほどのワンエルディーケー。此処ならば他者の目を気にせずにくつろげる。
木の床に寝転んだ直後、鞄の中からタブレット端末の震える音がする。画面には『蛍火』という見慣れたエージェントの名前が表示されていた。
『エージェント・玉露。収穫は?』
「『孤なる先導者』の構成員一名と接触した」
『名前は?』
「霜月 京」
『ほー。捕縛したの?』
「否」
『おいおい、『孤なる先導者』の危険等級はRedなんだ。ちゃんと任務をこなさなきゃ』
エージェント・蛍火の説教が続く。
『普段の玉露だったら確実にやり遂げてただろうに。ちょっとばかり腕が鈍ったんじゃない?』
「黙れ。今回は偵察に留めたに過ぎない。次に捕らえれば良いのだろう」
『ま、そうだけどさ』
エージェント・蛍火は我々『サイバー・カルト対策課』の中でも指折りの任務遂行能力を持ち、人情に厚く義理堅い。
しかし、残念ながら彼と俺は頻繁に衝突する。気性が噛み合わないのだ。
『とにかく、データベースをしっかり読んで。これ以上の死人が出る前に『孤なる先導者』を潰さなきゃならないんだ。ぼくは疲れたから寝るね。ばいばい玉露』
「ああ」
通話を切り、風呂を手早く済ませて端末からデータベースにアクセスする。
目の前に表示されるのは重要語句の羅列だ。自分自身に関する情報、政府に雇われたエージェントの情報、この世に存在する要注意団体とその構成員の一部に関するデータ、あらゆる記述の奔流に目を走らせる。
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