開幕 エリーヌの癇癪

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   *****  すれ違う者たちにあいさつしながら、私は早足に王城を進む。さして準備に時間はかからなかったが、王女を待たせていることは事実。堪忍袋の緒が切れた瞬間に私の首も切れているかもしれない。  いざというときに備えて、王城にはいくつかの抜け道がある。そのうちの一つ、いつも外に出る際に使う場所に王女とレニル大臣がいた。 「遅い」 「すみません」  反射的に謝ったが、王女に不機嫌な様子はなかった。こういった感情のこもらない文句は王女の癖のようなもので、私はあまり気にしないようにしている。 「いつも迷惑をかけるね、ヴォレーヌス君」 「滅相もございません。護衛たる者の務め、まことに光栄であります」  のんびりとした様子で言うレニル大臣にうやうやしく礼をして、私は王女に向き直った。いつもと変わらぬ動きやすさを重視した軽装のドレスに身をまとい、堂々と腕を組んで仁王立ちしている。  前回はたしか“ピクニック”と銘打っていたはずだ。二週間ぶりの外出となるが、頻度としては少なくない。しかし、他国との会談なり食事会が多かったからか、思いのほか王女のストレスは蓄積しているようだった。  目が、爛々と輝いている。ずっと欲しがっていたものをようやく与えられようとしている子供のようなまなざしだった。  もちろんそんな考えはおくびにも出さず、「そろそろ行きましょうか」と王女のご機嫌に拍車をかける私の役者ぶり。見事とたたえるのは私自身だけだろう。 「ああ、それがいい。ヴォレーヌス君、エリーヌ様を頼んだよ」 「レニル、私よりヴォリィの心配をしなさい」  あざけりのこもらない言葉だったため、私は特に何も言い返さなかった。それは事実を淡々と述べただけの話であり、やはり責められるべきはレニル大臣の失言なのだ。  そんな風にして一人悟っているうちに、王女は歩き出す。私はいかにも護衛らしい表情を取り繕ってその背中を追った。
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