0人が本棚に入れています
本棚に追加
*****
王国の北東には、一度足を踏み入れると二度と現世には戻ってこられないといういわくつきの深い森がある。そこは異界への入り口とも、世界の反対側に通じる大穴があるとも言われているが、その実態は危険な魔物が多数生息している管理指定特区なのであった。
城壁に囲まれた王国を出て徒歩で二時間、決して近いとは言えない距離にあるそれは、土地として利用するには立地が悪く、資材の調達先にするとしても魔物に襲われるリスクがあるため、王国が管理する形で放置されていた。
日常に剣と魔法の鍛錬が溶け込んでおり、城壁の外へ繰り出すときには護衛の騎士を付けるのが当たり前という風潮である。魔物は一般的に恐怖を連想させるものであり、好き好んで森に不法侵入し、魔物との戦闘を楽しもうなどという輩は滅多にいない。
だからこそ、外聞を気にせず羽目を外せる貴重な場所だと王女は認識しているようであるが、危険な遊び場であることに変わりはない。誰か止めてくれる人はいなかったのかと大臣や側近共を締め上げたい気分になるが、今更そんなことで王女の気が変わるわけもない。
一国を統べる王女のストレス発散が凶悪な魔物を狩ることだなんて、世も末という表現がこれほどしっくりくることもない。しかして、この憂さ晴らしがあればこそ善政が布かれているのであれば、魔物は必要な犠牲と言ったところか。
「ヴォリィ、何してるの。早くしなさい」
「ええ、もちろんです王女様」
私がこのハイキングにいかなる意義を見出すべきかと思案しているうちに、足取りが重くなっていたようだ。数歩先をゆく王女は無表情で、怒っているようにも気にしてないようにも見える。
「ぐずぐずしてると吹っ飛ばすわよ」
「急ぐので勘弁願います」
だが、感情はこの場合あまり関係ない。王女は有言実行の人だから、私がもたもたしていれば本当に吹っ飛ばされてしまう。この危険地帯で最も敵に回してはいけない相手が誰かなど、わかりきっているのだ。
最初のコメントを投稿しよう!