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「お待たせいたしました。柳下麗奈さんと梶山雄一さんですね」
背後で声がした。
メタルフレームのメガネをかけた、グレイの半袖カッターシャツを着た男だった。30代半ばにみえた。
細身で神経質そうな風貌をしている。
茶色いショルダーを肩からぶらさげていた。
わざとらしい笑顔を浮かべ、二人に近づいてきた。
「私、大久保と申します。星望界大の学生さんということなので、研修生という名目でリーズナブル料金で契約できますよ」
大久保となのる男は名刺を麗奈と梶山に渡した。
<アジア・ラビットホン=ARH 高精度通信開発企画室
大久保 伸男>
と、ある。
「車を止めてあるので、早速ですが、まいりましょうか」
「あの、遠いのですか」
梶山が訊いた。額に汗が滲んでいる。
「大学のノースランド校舎の敷地内ですよ」
大久保が先頭を歩きながら答えた。
「あのカシオペア座型の校舎がある所かあ。でも、あそこは改装工事中って聞いてますけど」
「ええ、当社と宇宙生物学部のコラボレーション設備の建設中なのですよ。現在、仮営業中でして・・・」
大久保は、両方の手のひらを合わせて揉み手をした。
「さあ、どうぞ」
学生食堂<ジュピター>と併設する駐車場に、黒塗りの大型のワンボックスカーが止まっていた。窓ガラスは全面スモークされていて、中の様子はわからない。
アジア・ラビットホンの男は車のドアを開けた。
麗奈と梶山は後部座席に乗り込んだ。大久保は前を回って、運転席に座った。
「ノースランド校舎は歩くと距離がありますけど、なに、車ならすぐですから」
大久保の言うように、ノースランドまでは約2キロある。その間には遊歩道もあるが、真夏の時期には避けたい歩行距離である。
車両専用道路がうねりながら続いていた。たまに黄色い工事車両とすれちがう。
大学の北地区は急峻な山稜地帯の中腹あたりにあった。
ブナやコナラ、クヌギなどが群生する、自然環境の豊かな場所だった。
車は坂道を登った。しばらく走ると、道が二股に分かれた。
麗奈と梶山の記憶によれば、右側が校舎、左側が山奥へ通じる分岐点のはずだった。
車は左へ曲ったのである。
「道路の陥没してる箇所がありましてね、安全のため迂回します」
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