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勾配がきつくなった。
体が上を向いているのがわかるほどだ。ワンボックスカーのギアが1段落ちて登坂モードなった。ブウォンとエンジンの回転数が上がっている。
周囲は森が深くなってきた。
やがて前方に灰色の建物が見えた。2階建ての古びた建物だ。
「20年前に使われなくなった施設を改造しました。降りて下さい」
麗奈と梶山はいわれるままに車を降りた。
ひんやりした山風が吹きつける。建物の前は7~8台スペースの駐車場があるが、舗装面はひび割れて、その隙間から雑草が背高く伸び放題だった。
麗奈たちが乗って来たワンボックス以外に、駐車している車はない。
建物のエントランスもボロボロのコンクリートがそのままである。
人の気配はなかった。
「外見は不気味ですがね、内部はいたって超近代的ですよ。あ、それから、勝手にその辺を歩かないようにして下さい。獰猛な番犬が放し飼いにされてるので。このあいだも犠牲者がでたばかりで」
大久保の表情が変わっていた。明るいキャンパス食堂のテラスで見せた、誠実そうな面影は全くなかった。目つきが鋭くなり、眉間に深いしわが寄っている。
ひゅう。
風が吹いた。かすかに血の匂いを含んでいたが、二人の学生は気づかなかった。
「こんなところで、スマホロイドの契約をするんですか」
梶山が落ち着きなさそうに周囲を見回した。
建物の少し向こう側に高い塀が見えた。塀の上部に有刺鉄線が張られている。
「どうぞ、中へ」
大久保は玄関ドアを開けて、先に二人を中へうながした。そこは広いエントランスホールになっていたが、レセプションはない。
鉛色のコンクリート壁の通路。天井には暗い蛍光灯の列。
人影も話声も聞こえない。
「あの、やっぱりキャンセルします!」
柳下由紀が通路の途中で立ち止まった。顔色が蒼かった。
「雄ちゃん。帰ろ」
「そうだな。せっかくですけど、僕たちキャンセルします」
梶山は即座に賛成した。
「おやおや、せっかくここまで来たのに。ああ、ここの不気味な雰囲気にのまれましたね。まあ無理からぬこと」
大久保はおだやかな口調で言った。
「ですが、スマホロイド体験ツアーを希望して、契約をしたのは柳下さんですよ。お友達の梶山雄一さんの分もある。御覧になりますか。そこに椅子とテーブルがあります。自販機もありますから、まあ、お座り下さい」
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