たぬきからの脱出

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たぬきからの脱出

 ウィスキーの品ぞろえが自慢の隠れた名店・ショットバー「K」。  立派なウォールナット材のカウンターにもたれかかっているのは、この店の常連である一人の男だった。 「フフッ……。それにしても、人気者ってのは罪なもんだねぇ」  右斜め四十五度を見上げながら、恍惚とした表情で男は呟く。 「――そうだな。だが、調子に乗らないほうが身のためだぞ、『井上サン』」  カウンターの内側。男と向かい合わせになるように立った坊主頭のマスターが、穏やかな口調でそれに答えた。 「やだなぁ、そんな他人行儀はやめてよ。いつも通り『ジェリー』でいいからさぁ。――あ、そっか! 私が人気者になっちゃったから、遠慮してる? 水臭いなぁ~。私とマスターの仲じゃない」  男は至って上機嫌で、べらべらべらべらよく喋る。  ベージュのトレンチコートに鹿撃ち帽。  いかにもな探偵ルックでキザったらしく人差し指を振る彼こそが、井上サトシ――もとい、今をときめく話題の男・ジェリーであった。
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