プロローグ:鉛玉に愛をこめて

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 体は時計だ。  心臓は振り子、吐息の音は針の進む音、そして、ライフルは時を告げる鳩。  今、自分は精密機械の如く、正確無比に、無機質に、そして手の中の金属と同じ物質でできているとイメージする。  機械に失敗は無い。  頭の中のタイマーは正確に時を告げる。  アト、40ビョウ。  自分とそれ以外で作られたモノクロの世界、未だ標的の車は見えない、  だが……ジカンダ。  引き金を引く、たったそれだけ。  それだけで、鉛玉は音の壁を振り切って直進する。  そして、寸分たがわず通り抜けようとした車の窓ガラスを穿った。  きっと、車内では誰かが脳髄をぶちまけて大変なことになってるだろう。  その瞬間、彼の肉体は人間へと戻り、白と黒の世界から現実へと意識を引き戻す。  速やかにライフルを解体、収納しビルから撤収する。  居場所が割れる前に逃げだすのがスナイパーの鉄則だ。  ビルの裏口にあらかじめ停めてあったバイクに飛び乗り、エンジンをふかす。  今時こんな環境に悪いバイク、見つかれば即廃車だな。  そんなどうでもいいことを考えながら、男は夜の闇へとバイクを走らせた。  西暦3092年、二ホン国の首都トーキョー・シティ。  科学技術の発展によって進歩した世界は、だが、同時に不平等を生み出した。  この街はそれが特に顕著な地だ。  街の中心は常に昼と変わらない程に光に溢れている。  だが、一歩外側に踏み出せば、混沌と闇、犯罪、宿無共の跋扈する無法地帯だ、とてもじゃ無いが同じ国とは思えない。  そして、自分はその”外側”の住人。  トーキョーの闇、さらにその盲点とも言える、ガランとした廃ビルの地下でひっそりと、しかししっかりと暮らしている。  一仕事終え、相棒よりも先にこの隠れ家へと返ってきた。  あいつのことだからよもやしくじりはしないだろう、とは思うが、顔を見るまで安心できないあたり自分はまだ人間だ。  いや、自分は人間だと実感できない日が来るのだろうか。     こんな考えを持つ時点で自分は既に人間ではないのではないか?  何度目かも分からない自問自答を繰り返し、まぁいいかと切り捨てる。  これもまた、日常だ。  まったく、反吐が出る。
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