第一章

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彼と別れるとき、私は人生で初めて、別れたくないと駄々をこねた。 元来の私は、どんなにこちらが好きでも、相手の意思なくして付き合いはできないと思っている。その時も、彼が自分のことでいっぱいいっぱいだったのは理解していた。 「お前のことまで構ってられない」 それが、彼の言葉だった。 彼の事情は、彼がほとんど話さなかったから分からないけれど、今は私との関係を優先できないことだけは、痛いほど伝わってきていたから、 「今はまだ聞かない」 そう答えた。 “いっぱいいっぱいの人間の言葉は聞いてあげない。何ヶ月でも、たとえ何年経ったとしても、落ち着いたときに、私とそれでも居られないと言うのなら、その時に聞く”と。しかし数日後、彼はメールで、やっぱりそれでは負担になるからと、最後の別れを告げてきた。 その数日間、どれほど泣いたかも覚えていない。あんなに辛かったことは、人生初めてだったから。 月日が流れて、それでも私の頭の中は彼のことばかりだった。新しく彼氏ができた時も、流れゆく情事も。ただ、本当に彼以上の人が現れたのなら、そのときは報告しようと思っていた。同じように、彼に大切な人ができた時も話してほしいと思った。 また連絡を取り始めたのはいつだっただろう。それすら、もう随分と昔のことのように思えた。 「最後に会ったのいつだったっけ」 そんな日々すら、懐かしんで話せるようになっていた。 「あー、2年前とか?そのくらいじゃないかな」 彼がひどく悩んでいて、背中を押しに行ったのだ。どんな関係性であれ、大切な人が辛いとき、ほかに誰もいないときは、私が飛んでいくと決めている。昔、同じようにして、私は親友に助けられたから。 「あの頃を思うと、だいぶ声が元気になったよね、和哉」 嬉しくなってそう漏らした。私に対して、彼は取り繕うことをしない。それが無駄だということを、この数年で学んだようだった。
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