第一章

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「お前にはかなり世話になってるからな。俺のことはいいから、今はそっちで楽しくやっとけ」 不器用な言葉の中に感謝が滲(にじ)んでいて、そんなことに、嬉しさが募る。 「何もしてあげられないかもしれないけど、話くらいなら聞けるから。いつでも言いなね」 そばで支える人はもう卒業したから、遠くから応援する人として。 「散々、迷惑かけてきてるのに、これ以上してもらうことなんてないよ」 付き合っていた頃は、憎まれ口ばかり叩いていたのに。いつの間に、素直さを覚えたんだろう。妙に、気恥ずかしくなる。 「迷惑なんて思ってたら、連絡なんて取ってないよ。世話は掛けるものだからね。いつか自分が出来るときに、誰かに返したらいいの」 照れ隠しにそんなことを言ってみる。でも、本当にそうだ。私はこの人に、お世話をしてほしくてしているつもりはない。もちろん、感謝をしてほしいわけでもない。 「そうか。…男らしくなったな」 微笑混じりに返された。やっぱり、素直じゃないかもしれない。 「頼り甲斐あるでしょ」 そう言うと、お互い笑った。 彼の笑い声を聞くと、安心する。この声が、尊いものだと気付いたのはいつだっただろう。別れたあとだった。人はいつも、なくしてから気付くのだ。 私はいつも、どんな時でも、彼に対して誠意を持って接してきた。必要なものとそうでないものを選んで、口にしてきた。いつも言葉の足りない彼に、伝えることの大切さを感じてほしくて。きっと、もし私とは別の人と歩んだとしても、それは大事なことだから。 彼も、別れたあとの方が、自分のことを話してくれるようになった。 “彼女ができたら、ちゃんと言ってほしい” そう伝えた私に、一度、ちゃんと報告してくれたことがあった。わざわざは言わなくていい。機会があったときは隠すことなく話してほしい、そうお願いをしたから。 その時の私は、まだ本当に彼のことが大好きだった。だから彼の報告はやっぱり、心を締め付けられるような痛みを伴ったけど、それでも、隠されるより幸せなことだと思えた。あれから、私は成長したんじゃないかと思う。どんな未来であれ、彼が幸せに過ごしていないのは、私も幸せじゃない。
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