第一章

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第一章

私がこれまでに、大切にしてきたものは沢山ある。それは、物や思い出、人も場所もそう。それをたぶん、たくさん積み重ねてきた。 今、私の隣りを歩む人を、だからこそ大切にしている。 「あ、久しぶりだね。どうしたの?」 夏のある日に、不意に電話が鳴った。 「なんもないよ。ただ、元気かなと思って」 ひどく懐かしい、かつて、私の人生のすべてだった男(ひと)の声だった。少し、緩やかな喋り方。 「元気だよ、和哉は?」 「んー、普通」 電話越しに、一息つく微かな音が聞こえた。 この声を聞くと、私の心は一瞬、過去に戻る。何もかもがキラキラして、すべてが彼の色で彩られていたあの頃。 「相変わらずだね。仕事、順調?」 「あー、微妙?」 今度は苦笑する声。 和哉と別れて、もう3年が経っていた。遠く離れた場所に住む彼と、最後に会ったのも、もう2年も前だ。深夜バスで、12時間ほどの距離。二度訪れたその土地は、とても穏やかな場所だった。緑があって、海も近くて、空気が澄んでいた。 「それも、相変わらずだね」 私も苦笑する。少しの温かさも含めて。 彼は、私と別れてから、ひどく落ち込んだ時期があった。ずっと、比較的器用な性分だった彼は、あまり挫折というものに遭遇していないような印象があった。それだけ、さっぱりしていたし、よく分からない人でもあった。 今の方が、たぶん、彼のことが分かる気がする。 「こっちは、順調だよ」 そんな彼に、そう告げる。ずっと、挫折してきたのは私も同じだったから。離れていても、別れていても、支え合うことができていた時期もあった。 「よかった」 安心しているのか、羨望なのか、呟くような言葉。 私は自慢がしたいわけではなかった。今なら少しくらい支えられるよ、そう伝えたかった。
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